もぐうさノート

惰性で生きてます。

無題

自身のノートPCの@キーを血眼になって探すエンドユーザーを眺めながら、
ネットサービスは生活インフラになったのだなと、しみじみ思った。

 

生活インフラの定義は色々あると思うが、
要素の一つとしては「誰でも、細かい事を気にせずに使える」
という点だと思う。

 

職業柄、ネットワークに関してはそれなりの知識を持っており
簡単なトラブルを解決したり、ごく基本的な事を人に教えたりすることはできるが、
所謂生活インフラと呼ばれる、電気、ガス、水道については
からっきし理解していない。

 

もし、ある日突然自宅の水道が出なくなったら、即管理会社へ電話するだろう。
「断水のお知らせ」が来ていなかったかどうかの確認ぐらいはするかもしれない。
が、水道管などを開けてチェックしたりする事は、おそらく無い。

 

電気、ガスについても同様だ。業務の中で、偶に工事関係者と打ち合わせを行い、
建築図面を睨めっこする事があるのだが、正直ネットワーク管路以外は
まるで分かっていない。「弱電が~~」とか知った風な口を聞くのだが、
ほぼ100%適当に喋っている。

先方には「こいつ薄いな」と思われているかもしれないが、
それも仕事だと(悪い意味で)割り切っている。

 

つまり、ネットワークについても、他の人にとっては同じような物なのだろう。
蛇口を捻れば水が出るように、スイッチを入れれば蛍光灯が光るように
Webブラウザを起動すればネットが見れるのだと思っているのだろう。
#「Webブラウザ」という認識すら無いかもしれん

 

巷ではSREなるものが持て囃されつつある。自分も何度かイベント等に参加し、
専門家の方々のお話を拝聴したが、そのような方々と
今、目の前にいる「俺が使いたい時に使えて当然」と考えている(であろう)人との
温度差はどのくらいなのだろうか、お互いを理解できる時は来るのだろうか。
不安とも諦観とも表現できない、複雑な気持ちが湧き上がってくる。

 

@キーはまだ見つからない様だったので、精いっぱいの笑顔を作ってから
キーの場所を指さした。